2012年10月2日火曜日

レッスンって難しい!

レッスンって難しいなぁ、とつくづく感じている今日この頃です。

どの生徒さんに対しても「これは良い、これは悪い」という共通の価値観に基づいてレッスンしています。その中でも、それぞれのレベルがあり、段階があり、その子にとっての進度がありますので、「求める・(今は)妥協する」ラインは生徒によって様々です。

私がレッスンで1番うるさく言うことは、「指先で音をつかむ」ということかもしれません。第1関節のバネを使い、鍵盤のそばに指を置き、ちゃんと「音」として鳴った音を出すこと。音として鳴った音とは、へにゃへにゃでなく、乱暴でなく、ちゃんと指先でつかんで鳴る、響きをもった美しい音のことです。

そうでない音は、ネコが鍵盤の上を歩いて出た「雑音」と(音の質的なところで)あまり変わりません。


1音たりとも「つかみ損ねた音」は聞き流すことはできません。たまには「上手上手〜!(大体)良いよ〜!」と聞き流してしまえばどんなに楽だろうと思ったりもしますが、1つそんな音を「良い」と言ってしまえば、そのあとの音楽が全部ダメになってしまう…。

例えば、ドレミファソラシドと弾く時、ミの音が指の形の崩れた悪い音だと、その次のファだってソだって、連鎖して悪い音になってしまうのです。不思議に思われるでしょうか?でも、そういうものなんです。音楽の流れがミで止まってしまうから。難しいですね。

それが分かっているので、風邪をこじらせて咳ぜんそくになっている今も、やっぱり「ちょっとストップ!今の音アカン」とか言って、ガミガミやってしまうのですが。(レッスンに熱が入ってくると、穏やかな言葉遣いなどすっ飛んでしまい、関西弁まる出しのなりふり構わない姿になってしまう私…。)


一生懸命練習してくる子ほど、もっと上のレベルに行くために厳しく言わなければならず、自然とレッスンがハードになってしまうこともしばしば。もっと上手くなるために仕方のないことではあるのですが、辛いところでもあります。


また、一言に「つかむ」と言っても、その状態により指導は様々です。

指がぐにゃぐにゃしている日には「しっかり指先のバネを使ってつかみなさい」と言いますが、指でしっかりつかむ練習をしているうちに1週間後、力が入りすぎて鍵盤を滑って(引きずって)弾いている場合もあります。そんな時には「もう少し力を抜いて指先でトテトテトテ…と歩くように」と言ったりします。また、力を抜いて指先でトテトテ歩く練習を1週間してレッスンに来ると、今度は鍵盤と指との間に隙間が空いて叩くようなアクションになっている時があります。そんな時にはまた「指を鍵盤にしっかりくっつけて指先のバネでつかみなさい」・・・となります。

「つかむ」という指のアクションは、本当に繊細なものです。指の角度、指の筋力、腕の脱力、手のポジション、等の、絶妙なバランスのうえに成り立っていると言っても過言ではないと思います。

そして「状態」は水物。熱心に練習される生徒さんほど、その振れ幅も大きく、レッスンでの細かい修正が必要となります。


あっちに振れたりこっちに振れたり、そうこうしながら、確実にレベルアップしていっていることは確かなのですが、生徒さんにしてみれば「これで先週先生に言われたことが出来てるだろう!」と自信をもってレッスンに行くのに、また新たに違う注意を受けて「あれー…。あんなにやったのに、ダメだった…」となるんですね。(私が生徒の立場で先生のレッスンに行くときも同じです)

どちらかと言えば私は、どんなことも生徒自身に話しますし、状況や課題も噛み砕いて生徒に言って聞かせる(くどいかもしれませんが)方だとは思っているのですが、それでも、生徒に厳しくレッスンした日には、伝わったのか、挫けていないか、課題の中にも良い面がちゃんとあったことを感じされてあげられたのか、、、夜な夜な考え込んだりします。

おかげさまで生徒さんもずいぶん増えて、慣れたこと、自分の中の引き出しが増えたこと、経験による対応力や判断力の成長など、いろんな変化を感じますが、同時に「1人の人間にものを教えることの難しさ」を、ますます感じています。

もっと勉強、もっと努力、もっと真摯に、もっと謙虚に、もっと愛情をもって、、、省みてみれば、数えきれないほどの自分の未熟さに気が遠くなりそうですが。

悩みながらも、大切な生徒さんたちのために、私自身も少しずつレベルアップしていることを信じて、一歩一歩進んで行きたいと思います。

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