2014年2月17日月曜日

久々のオフ

久しぶりに朝から晩まで予定のないオフ日です。

今日は一歩たりとも外に出ないぞ!なーんにもしないぞ!と心に決めて(お洗濯でベランダに出るくらいはしましたが)、のんびりさせていただきます。( ˘з˘ )〜♪

2014年2月16日日曜日

ゴーストライター

佐村河内氏のゴーストライター問題については、すでに様々なメディアや専門家がありとあらゆる見解を述べていますので、記事にはしないつもりでした。

・・・ですが、「浪速のモーツァルト」ことキダタロー先生が、この話題に関してあまりにも面白いコメントを発表されていたので、ご紹介したいと思います!

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「ゴーストライターに作曲を任せたことはありますか?」という質問に対して、

青島広志氏「ありません!」

川崎絵都夫氏「ないです (怒)」

キダタロー先生の答え
「ないわ!人に書いてもらうなら作曲家やめたほうがまし!!今まで困った時もいろいろあったけど、そんな時でも人に頼んだりせーへんで…

ばれへんように誰かの作品をこっそりパクってピンチを乗り越えたんや!」


・・・これを見た時はもう大爆笑でした。清々しささえ感じるこの正直さが素晴らしい。(笑)

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音楽飽和状態の昨今。誰も作ったことのないまったく新しいメロディを生み出すのはもう不可能ですし、調性音楽に関しては、仮に自分で最初から最後まで新しく作曲したとしても、どの部分のどのメロディも、どこかで誰かが作った、すでにどこかの曲で使われた、メロディでしかありません。

それでも、作曲者の感性や苦悶によって紡ぎ出されるからこそ、聴く人は感動したり作品にオリジナリティを感じるのかなと思います。

私は渦中の彼らについてあまり知りませんし、作曲にも明るくありませんので、あれこれと言える立場にはありませんが、ひとつ、人に対しても音楽に対しても不誠実なのはイヤだなぁと、それだけは思っています。

2014年2月15日土曜日

雑記ノート

昨日は結局、レッスンの時間帯には雪も止んで道路も落ち着いており、「なんだいつも通りレッスンできたじゃん」と拍子抜けしましたが、こういうことはやり過ぎくらいでちょうど良いですね。何かあってからでは遅いですし。

レッスンで子どもたちに会えなかったのは、とても寂しく、残念でした。


今日は千里丘まで4月のリサイタルの伴奏合わせに行ってきます。一昨日くらいまでの寒さが雪のおかげですこし緩んで、ありがたい限り。

今日は30曲くらい弾く予定ですが、どうしてもうまく弾けない曲が1つあって、心が重いです…(^^;)

がんばっていってきまーす!

2014年2月14日金曜日

また雪…☃❄︎

朝から雪が降り続いております。水気を含んだ重たい雪ですが、これだけ降るとしっかり積もるものですね。

私自身も自宅から車を出して教室まで来ましたが、雪の上でタイヤがギシギシと音を立てるので少しこわいです。予報では夜9時頃まで降り続くとのこと。

レッスンは夕方から夜にかけてになりますので、道路の凍結も心配。

…というわけで、先ほど今日レッスンの生徒さん方にはキャンセルも検討していますとのことを、メールさせていただきました。

この辺りの車はスタッドレスも履きませんし、ちょっとした雪にも弱いですね。

台風で大荒れのお天気でも「車なのでへっちゃらです!」とお越し下さる生徒さんもおられますし、感覚は人それぞれなので最終判断は生徒さん側にお任せした状況ですが、くれぐれも無理のないようにしていただきたいと思います。

2014年1月30日木曜日

月に一度の

大げさではなく、月1回のペースで風邪を引いております。

菌に好かれすぎている…。

今朝は出かける予定をキャンセルして、あったかいお家で休養中です。加湿器もフル稼働。

前に買ってあったナノブロックのピアノをちまちま作り…写真を撮ったり絵を描いたりして…のんびりしています。たまにはこんな日もいいですね。

2014年1月29日水曜日

先生といふもの

先生って何なんでしょう。
色んなタイミングで考える機会があります。

「ピアノの上手な先生」
「楽しくレッスンしてくれる先生」
「憧れの先生」
「指導力のある先生」
「音楽界の権威のある先生」

先生によって、関係性によって、色んな枕詞がつくんだろうなと思います。

今日は生徒目線からのお話。


「先生(師)とは何なのか」私自身が教えられ、今でも忘れられない言葉があります。

それは、

「白いものを指して『これは黒だ』と言われても『そうなのか』と思えるくらいでないと、本当の意味で先生に何かを習うことなんてできない。『そこで右向いて一日立っていなさい』と言われれば、『何か意味があるはずだ』と思えるくらいでないと。」

という言葉です。

そのまま受け取って頂くとちょっと困りますが・・・(^^;)

中国の教えか何かで、偉い先生に弟子にしてくださいと頼みにいった男が「では今からそこにある石があなたの先生だ。その石を前に座っていなさい。」と言われその通りにし、しばらくして男は石から教えを学び満足して帰っていった…というような話があったかと思うのですが、

信じ、依り頼む心があれば、どんなものからでも学び、またどんなものも「先生」になる。また、その心がなければどんな先生に習っても教えの本質を得ることはできない。ということです。

人にものを習う生徒(弟子)の姿として、ある一定の期間、また、ある専門の分野において、ある意味盲目的にその先生(師)を信じ、どんな一言も聞き漏らすまいと追い求めていく心構えは、必要不可欠だと思います。


そのような心構えのある生徒(弟子)は、先生(師)に「これは黒だ」と白いものを指されても、こう思うわけです。

「先生には黒に見えてらっしゃるのか。
 私の目と先生の目は何が違うんだろう。
 私には何が見えていないのだろう。
 先生に有って私に足りないものは何だろう。」

まずは素直に先生の言葉を受け入れます。
普通なら「先生なに言ってるのかしら。どう見ても白なのに。」と思うでしょうが、師の教えに対する信頼から、そこに何らかの意味を見いだそうとする心理が働きます。

やがて、捉え方の差に対する疑問が生まれ、師の行動を逐一観察し始めるようになり…。弟子は師のちょっとした動作も見逃さないよう、一言一句聞き逃さないよう、注意深く師と関わるようになるでしょう。

「先生なに言ってるのかしら。」としか捉えられない弟子と、どちらが師から豊かに学びを得られるかは、言わずもがなですね。


なにも師弟関係が「人として(プライベート)」までそうであるべきとは思いません。年齢や人生経験など、生徒より先生の方が未熟なことも往々にしてあるでしょう。ただ、少なくとも師弟関係にある専門分野に関しては、素人とプロの差があるわけですから、そこは区別が必要です。

先生(師)は生徒(弟子)の信頼に値する器であるよう、その道を究めるべく日々努力をし続けるべきでしょうし、その姿を生徒に示す責任があると思います。ただ、そんな師の姿も、見るべき視線を持たない弟子の目には、映ることもないのです。

2014年1月28日火曜日

お絵描き

趣味のひとつでもあるお絵描き。
最近忙しくてすっかり忘れてしまっていました。。。

先日新しいペンを買ったので久々に描いてみたら、やっぱり楽しい〜♪描きすぎて手帳がらくがきだらけになってしまいました。(^^;)

この趣味は毎月のお月謝袋の返却時に役立っています。

領収印のト音記号スタンプだけだとさみしいので、いつも季節のイラストを描いて返却しています。

先月はうっかり何も描かずに返却(イラストを描き始めて以来初めての失敗…)してしまったので、今回は2か月分を描き描き描き描き…。

喜んでもらえるとうれしいです。